
川田地区は沼田市西部に位置し、上川田町・下川田町・今井町・笹尾町・屋形原町・岩本町を相称した名称となっています。
川田地区の概要は沼田市ホームページをご覧ください
川 田 城 址

川田城は、沼田氏の一族川田氏が築いたと伝えられ、下川田町字五段田にある。 崖端城であるが本丸を崖端に寄せることなく、本丸は、東西100m、最大幅75mの5角形をなし、壕をめぐらし、帯曲輪を構えた特異な構造である。
東に半月形の小郭がつき、薬師堂があり、加沢平次左衛門の墓もある。
天正18年(1,590年)真田信幸が沼田城主となり 一領国一城により廃城となった。
沼田市指定史跡
指定:昭和52年5月30日
円 珠 姫
円珠姫(幼名・小柳)は1560年、沼田市下川田の川田城主・川田四郎光清の娘として誕生しました。
幼少より歌道に優れ、18歳の秋に詠んだ
「子持山 紅葉を分けて入る月は 錦に包む 鏡なりけり」の一首が正親町天皇の天聴に達し、その賞賛とともに「円珠」の名を賜りました 。 後に結婚を経て出家し、円珠尼として修行に励みます。
戦乱期には滝川一益の歌の師も務めましたが、1582年、激動のさなかに病に倒れ、23歳の若さで夭折しました 。
現在は菩提寺の遷流寺や沼田かるたを通じて、郷土の歌姫として語り継がれています 。

